写真に限らず、芸術表現の場ではしばしば「自分らしい」表現に価値があるとされます。ではそこで求められる「自分らしさ」とは端的に言ってどのような過程を経て作品として発露するものなのでしょうか。
「個性あふれる“私らしい”写真を撮る方法」著者の野寺治孝さんは写真表現において大事なこととして、撮影者の「感性」と「個性」を挙げています。本書では機材やテクニックも重要な要素としながら、心構えや考え方に重点を置いて、「私らしい写真」を撮るヒントとなる72のテーマについて語っています。
本記事では第1章「これからずっと写真を続けていくために」より、「良い引き算写真」について解説します。
「良い引き算写真」の条件
数多の写真媒体で「写真は引き算で撮ろう」と言われています。具体的には「主役のモチーフの数を少なくして、背景はシンプルにしよう」ということです。この定義にぴったりと当てはまるのはパスポートなどの証明写真です。ではその”引き算”で撮った証明写真が面白いのかと言われたらどうでしょう。
もともと証明写真に求められるのは人の顔が認識されることです。悪く言えば無味乾燥な素材写真です。そこには面白みなど必要ないのです。しかしここに撮影者の意図が入り、たとえば目を閉じている、ウィンクをしている、口を開けている、さらに空気感や情感などが写っていれば証明写真の体を成している”引き算写真”として成立します。一般的にはメインのモチーフ(たとえば人物)がごちゃごちゃとした背景と重なっている写真やモチーフが多くて何を撮りたいのかがわからない写真などは「引き算をしなさい」と言われます。単純にシンプルに撮ればいいのではなく、意図が伴った内容で、画面構成としてシンプルに写っている写真が良い”引き算写真”と言えるのです。
作例写真のモデルは友人です。「映画監督のウディ・アレンに似てフォトジェニックだな。いつかモデルをお願いしよう」と思っていました。まずは最も”引き算”的な証明写真を撮りました。次に帽子と眼鏡といった小道具を、さらにポーズや表情を”足し算”していきました。注意する点は”足し過ぎない”ことです。”足し算”はあくまで最小限に留めましょう。ちなみに本人は頬づえの写真がお気に入りでした。
“足し算”の写真は旅写真によく見受けられます。「何時間もかけて滅多に来られない遠い場所に来たのだから、何もかも全部入れて写したい!」と1枚の写真の中にあらゆるモチーフを詰め込みがちです。極端な例としては、友人たちと顔を寄せ合い背景に世界遺産、手前には豪華な料理といった”モリ過ぎた写真”が挙げられます。鑑賞者はお腹が満腹で見ていて疲れてしまいます。このような写真は仲間内の記念写真に留めておきましょう。ただしテーマがあり、意図的に撮るのであれば問題ありません。一般的にはモチーフがたくさんある場合はすべてを画面内に入れて撮るよりも”引き算”をして数を減らし、シンプルな画面構成にした方が数学の言葉遊びのようですが効果は”掛け算”的に良くなると思います。