アニメーターは、日常的に”動く”ことを前提とした絵を描き続ける職業です。アニメーターの視点から”動きを感じさせる”絵を描くコツを伝える切り口で2018年に誕生した「アニメーターズ・スケッチ」シリーズは、2021年9月に発売した「ヒロインキャラクター編」で3作目を数えます。
シリーズ著者の羽山淳一さんは、1984年からアニメーション制作の一線で活躍し続けているベテランアニメーターです。本記事では「羽山淳一 アニメーターズ・スケッチ ヒロインキャラクター編」著者の羽山淳一さん、企画編集、アートディレクション、デザインを担当した瀬川卓司さんにお話をうかがう機会を得ましたので、本シリーズ制作の裏話からキャラクター絵に関する考え方、アニメーターとしてのキャリアの振り返りなどを語っていただきました。今回は本書の編集に携わった玄光社編集の平山も参加しています。
シリーズのコンセプトは「羽山さんクロッキーブックをのぞかせてもらう」
――今回の「ヒロインキャラクター編」は、「筋肉キャラクター編」「バトルキャラクター編」に続いて3作目になりました。「アニメーターズ・スケッチ」シリーズを企画した経緯は、どのようなものだったのでしょうか?
羽山さん(以下敬称略):これについては編集の人の方が詳しいと思うのですが、私がはじめにこの話をいただいたときは、「そんなの売れるわけないからやめよう」と言ったのを憶えています(笑)。
平山:「スケッチやラフであっても参考になる人がいるのではないか?」というのが最初の着想でした。「アニメーターズ・スケッチ」シリーズは今回の前に「筋肉キャラクター編」「バトルキャラクター編」の2作を出してきましたが、それまでアニメーターさんにスポットを当てたイラストのハウツー本というのはほぼなくて、出してみるとかなりヒットしたので、一定の需要はあったのかなと思います。
具体的には、描くものがアニメーションでなくとも、キャラクターに「動き」をつけたいニーズがありました。自分で描くとどうもぎこちない、という人には、動きを前提としたアニメーションの絵が参考になったのではないでしょうか。
――「アニメーターズ・スケッチ」シリーズの各作品に意識してつけた特徴はありますか?
瀬川さん:「筋肉キャラクター編」は1冊目ということで、ある程度網羅的な内容を心がけて作りました。キャラクターの動きを表現するポージングのほかにも、顔のアップや手元など、キャラクターがとりうるポーズや動作を一通り見せる方針で、幅広い描写を盛り込んでいます。
2作目は「バトル」をテーマに、もう少し「動き」を中心とする内容にしました。羽山さんにキャラクターの動きを描いていただくときには、一連の動きを動画から拾って参考にしていただきました。
今回、3冊目を作るとき、はじめは昨今流行りの「異世界ファンタジーもの」でいこうと考えていました。しかし内容を検討すると、2冊目とそれほど大きな違いが出せないことがわかったので、女性キャラクターの動作を中心に、バトル以外の仕草やお色気的な内容を盛り込んだ方向性にしています。
――シリーズの特徴として、数百点に及ぶ収録点数が挙げられますが、これはどういったコンセプトのもと大量に掲載する形にしたのでしょうか?
瀬川:「目の前で羽山さんが描いたスケッチをのぞかせてもらう」というのがコンセプトです。もちろん読者の反応も気にしつつ、毎回作り方も変えてはいるのですが、基本的には、羽山さんがクロッキーブックに自由に描いたものを覗き見しているような感覚を出せたらいいなと思って作っています。
瀬川:内容について、はじめはキャラクターの「決めポーズ」を単体で掲載していたのですが、途中からいろんな角度を見せることが必要だと思ったので、2冊目では一連の動作の中から決めポーズを拾うことを意識して、連続的にポーズを掲載するようにしました。
技法書というより作品集の方が近いかも
――本シリーズを製作するにあたり、資料として参考にした既刊本はありますか?
瀬川:ロン・ハズバンドというディズニーのアニメーターが著した「クイックスケッチ」という本の日本語訳が出ているので、シリーズを通して最も参考にした資料はそれですね。
私は「アニメーターズ・スケッチ」というシリーズについては、技法書というより作品集寄りの性質があると考えています。作画に関する考え方やイメージについては羽山さんがコメントとして書いてくれていますが、「こうするのが正しい」と教えているわけではないし、著者の作品が大量に掲載されているのを見るのは、作品集を眺めている感覚に近い。
平山:もちろんポーズの技法書として参考にしていただくのも自由です。実際、読者から「掲載しているポーズをトレースして自分の作品として公開してもいいか?」という主旨のお問い合わせをいただくこともあります(※)。
※非商用利用に限り許可しています。
――羽山さんが収録イラストを描くときは、どのような作業の流れなのでしょうか?
羽山:喫茶店とかで瀬川さんと会っているときに、瀬川さんが持ってきた資料を元に、色々なアクションやテーマを瀬川さんに振っていただいて描いていく感じですね。
瀬川:でも今回の「ヒロインキャラクター編」に関しては一部例外があって、チャプター3の「セクシーポーズ集」だけは羽山さんが自主的に描いてきたものを収録しています。
羽山:考えてみれば、せっかく女性をモチーフとして描いてるのに、女性らしい要素をアピールした内容を描いていないなと思ったので、思いついたものをつらつらと描いてみました。瀬川さんと会うたびに「残りあとこれくらい描かないとだめです」みたいなことを言われていたので、ちょうどよかったです(笑)。
セクシーポーズ集って作業的には最後の方だったので、それまでの蓄積もあったし、描いてるうちに楽しくなってきて、気がついたら必要点数に達していました。女体を描く技術は、この本の製作を通して確実に上達しましたね。
――ちなみに製作期間はどのくらいかかりましたか?
瀬川:最初にスタッフで集まって本のテーマや方向性を話し合ってから数えると、全部でだいたい1年くらいですね。
羽山:絵の方は半年くらいで全部描き終えました。私からすれば、目の前で描かなきゃいけないあれこれが決まっていくので、毎回「やだな」って思いながら聞いています(笑)。
――キャラクターの女性らしさを表現するにあたり気をつけたポイントはどこですか?
羽山:たくさんあるので特にひとつこれというのはないのですが、描いている最中は「どうしたら女性らしさをシルエットとして見せられるか」といったことが常に頭の隅にありました。
女性らしい仕草とか、柔らかさを感じさせるラインとか、そういうものを1枚のイラストで全部見せたいけれど、そうもいかない。でもせっかくなので顔はちょっと見せたい。とかそんなことを考えながら描いていくと、「見返り美人」みたいな感じになっていくわけですね。イメージとしてはそんな感じです。
でも正直に言えば、今回「女性キャラクターだけを掲載する」方向性が決まったとき、私は内心「困ったな」と思いましたよ。それは単純にあまり描いたことがないから。仕事でもそれ以外でも、必要に迫られなければ女性キャラクターはほとんど描かないので参りましたね。
――セクシーポーズ集に関して、ポージングを大量に描くにあたり参考にした資料はありますか?
羽山:最初の頃は、AVのパッケージを眺めていたんですが、あれっていくつかのパターンがあって、ポーズもたくさん種類があるわけではないので、結局はほとんど何も見ないで描きました。
――技法書として執筆するにあたり気をつけたポイントはありますか?
羽山:読者のみなさんには、「立体としての人体」の形状を捉えるために、私がどういう探り方をしながら描いているのかを見てほしいな、と思いながら描いています。あえて補助線を残しているのは、筋肉や骨格、関節の位置を把握しやすくするためです。これは完成したイラストではない、スケッチ集ならではの特徴だと思います。
平山:読者からしてみれば、描いてる過程を知りたい、という需要もあるんですよね。補助線を残すというのは、羽山さんの仰っている「探っている感じ」を見せる点で有効に機能しています。
描きたいものの構造を理解すれば、破綻なく、素早く描けるようになる
――女性のポージングについて、羽山さんは先ほど「何も見ないで描いた」と仰っていましたが、それを可能にするコツとは、どのようなものなのでしょうか?
羽山:対象についてどれだけ頭の中でイメージできるかにつきます。身も蓋もない言い方をすれば、これまでの人生で目にしてきた「エロの蓄積」でしょうね(笑)。でもこれって他のものについても同様で、例えばアクション映画をたくさん観ていればアクションポーズの引き出しが増えますし、プロレスを観戦していれば、彼らの肉体はボディビルダーのような筋肉の付き方でないことがわかりますよね。結局、自分の中にないものは描けないんですよ。もし「上手く描けないな」と思ったら、それは描きたい対象について自分の中での蓄積が足りないということです。
でも私自身は、何も見ないで描けることは一つもえらいと思っていなくて、わからないところがあったら、わかるような資料をいつでも見られるようにしておくべきだとも思います。
――絵を上達させる練習方法の一つとして、よく「模写をすること」が挙げられますが、羽山さんはそれにはあまり賛同していませんよね。それはなぜですか?
羽山:私は元絵を模写することそのものよりも、対象となる人物や物体の基本的な形を取れることの方が大事だと思います。大抵の作品には人間や動物が出てくるじゃないですか。作品に登場する生き物の骨格や筋肉というごく基本的な部分の形をまずしっかりとイメージして、描写できるようにしておくべきです。
描きたい人物や生物の構造を理解し、素体がしっかりと頭の中にあれば、それを写実的に表現することもできるし、デフォルメの方向に持っていくこともできる。表現の仕方をコントロールできるようになるはずです。それを踏まえれば、例えば人物の写真を模写するとき、このポーズであれば関節がどの方向に曲がっていて、筋肉がどのように変形しているかを理解して描けるわけです。
もちろん、模写すること自体を否定するわけではなくて、元絵にある線の処理を勉強したいとか、何か明確な目的があれば、模写をする意味はあると思います。ただ絵のモチーフとなるものの構造を理解すると、結果的に描くのは速くなると思いますよ。迷う時間が減るわけですから。
19歳からアニメーターとして活躍。師匠は須田正己さん
――次に、羽山さんご自身についてお聞きします。羽山さんがアニメーターの仕事を志したきっかけはなんだったのでしょうか?
羽山:アニメーションの原体験は1970~80年代に流行っていた「宇宙戦艦ヤマト」や「機動戦士ガンダム」でしょうか。子どもの頃から絵を描くのは好きだったので、少年時代は漠然と「漫画家になれたらいいな」と思っていました。高校生のときに何作か描いて投稿したりもしていたのですが、人に読ませる以前に自分で読んでみて「あんまりおもしろくないな」と思ってしまったんですね。そこで向いてないと判断して、友人のつてで最初の制作会社を紹介してもらって、アニメーターになりました。
羽山:当初、原画は漫画みたいにペン入れしなくていいから楽じゃないかくらいに思っていたのですが、実際に始めてみると、当然思ってたのと違うわけです。アニメーターははじめ動画のパートを任されるのですが、同じ(ように見える)絵を何枚もひたすらなぞり描きするような仕事なので、本当に始めたばかりの頃はまあつまらなかった。でもある程度仕事をおぼえて、自分の描いた中割り(動きを表現するために原画と原画の間に挿入する絵)で実際に絵が動いているのを見たら俄然仕事が面白くなったことは、今でもよく憶えています。
――アニメーターとして分岐点になったと感じた仕事はありますか?
羽山:やはり「北斗の拳」(1984年)になるのかなと思います。私が仕事を始めてすぐの時期に始まったアニメですが、私はこの作品で、動画だけでなく原画や作監補佐、動画チェックなどたくさんの仕事をおぼえることができました。でもこの作品に参加したことで一番よかったことは、アニメーターの須田正己さんと出会えたこと。須田さんは私にとって師匠と呼ぶべき大切な存在なのです。
19歳で業界に飛び込んだ羽山淳一氏が、師匠に言われた忘れられない言葉
――須田さんと一緒に仕事をした中で、忘れられないエピソードはありますか?
羽山:劇場版の北斗の拳を製作していたとき、須田さんがレイアウトを取って、それをもとに私が原画を描く、という仕事をしていたんですね。カットが上がったら須田さんに見てもらうんですが、うっかりよくわからないまま見ていただいたカットがあって。確かシンが手刀を突いて下っ端をやっつけるようなカットだったと思うのですが、腕を突き出して引くまでの間にどういう動きを入れると自然に見えるか、というアドバイスをいただいたんです。
当時の私にとって、須田さんの仕事は私の中にない技術でしたし、目の前で須田さんに追加の絵を描いていただくのを見て、形の取り方とか、描き方もよく真似させていただいたものでした。やはりアニメーターにとって、上手くて速い人が描いているのを見るのが一番勉強になります。私にとってそれは須田さんでした。
実際に一緒に仕事をして、直接的に大きな影響を受けましたが、今でも憶えているのは、私が19歳で初めてスタジオに入ったとき、須田さんに
「羽山くん、謙虚じゃないとダメだからね」
ってよく言われたことでしょうか(笑)。若いときって自分は謙虚なつもりですけど、実際そんなこと全然解ってなかったりするものでしょう。須田さんには、仕事の技術だけじゃなく、社会人としての心得も教えていただきました。感謝しています。
「あのキャラなら、こんなときこういう表情をするだろうな」
――コミックやノベルが原作のキャラクターをアニメで動かす際に留意していることはありますか?
羽山:それはやはり地道に原作を読み込んで、イメージを固めるのが大事ですよね。原作通りの細かいディテールももちろん大事ですが、それ以上に、原作のキャラクターが持ってる大枠のイメージを崩さないことが重要です。
――原作のどの部分に注目して読み込むものなのでしょうか?
羽山:いろんなポイントがありますが、例えば絵柄でいえば、資料として原作を見なくても、ぼんやりと「あんな感じの絵だよね」と浮かぶくらい。キャラクターの性格なら、あのキャラならこういうときにこういう表情をするよな、といった具合です。逆にそういう部分を知らないと、キャラとして動かすなんてとてもできないですよ。
――アニメーターとして、いま業界に対して感じていることはありますか?
羽山:最近のアニメのキャラクターデザインって、プロップ(キャラクターの装飾や背景の家具、建造物などのディテール)が実写に近くなってきていて、とにかく作業量が多くて大変なんですよね。
アニメってたくさん絵を描く必要があるから、ディテールはある程度簡略化されていたはずなんですが、最近は作品の中に出てきたアイテムのグッズ化なども影響しているのか、かなり細かいレベルのディテールが求められるようになりました。
作画についても求められるクオリティが高くなり続けているので仕方ないのかもしれませんが、どうしても手間がかかってしまいます。ありていに言えば、かかる労力に見合った対価が得られていないケースが多い。これは業界として改善してほしいと思っています。
――羽山さんは近年、ライブドローイングやイベント出演などもされていますよね。活躍の場を広げるという意味で、これから取り組んでみたい仕事はありますか?
羽山:これまであまりやってこなかった仕事として、時代劇アニメの仕事をしてみたいですね。一時、池波正太郎にハマってた時期があったので。あとは、アメコミアクションの作品に関わってみたいです。
いまやってるライブドローイングやイベントについては販促活動の意味合いが強いので、個人的にはあまり仕事という意識はないんですよね。お酒をおごってもらって楽しくしゃべるだけ、みたいな(笑)。
瀬川:僕としては、羽山さんには本業でどんどん人気作品に関わってほしいですね。
平山:個人的に、羽山さんは筆ペンの絵がすごく良いので、水墨画っぽい雰囲気のオリジナルの作品をどんどん作ってほしいです。
羽山:じゃあ、お仕事募集中ということで!
羽山淳一ブラッシュワーク
インタビューの最中に女性を筆ペンで描いてもらいました。素早く、しなやかな羽山さんの筆さばきは、見ていてとても美しかったです。
絵を上達させるコツは「苦手から逃げない」こと
――ちょっと気が早いかもしれませんが、次の「アニメーターズ・スケッチ」のテーマは決まっていたりしますか?
瀬川:まだネタを集めないといけない段階なので、今は具体的に何もイメージがないですね。やるなら羽山さんの得意なものをやるべきですし。
平山:デフォルメっぽいキャラに動きをつけるとかもありですよね。
羽山:大抵のものは描けますけど、でもそれは私じゃなくても得意な人がほかにいるでしょうから。
瀬川:もしやるならまずはそこから詰めていかないと。例えば「魔法少女」とかどうですか?
羽山:うわー。
――最後に、PICTURESの読者に向けて、メッセージをいただければ。
羽山:絵を描く人であれば、誰しも描きたいものがあるはず。でも描きたいものを描く過程で、上手く描けないものとか、苦手なものも出てくると思います。そういうものを放っておかずに、苦手を克服するためにどうしたらいいかを研究したり、勉強したりして解決することを心がけましょう。
そうして引き出しを増やしていくと、結果として自分の絵の幅も拡がっていくはずです。苦手を克服し、積み重ねた分だけ、絵は上達します。「苦手」にぶつかっても諦めず、克服する強さを持ちましょう。