人の頭の中にある概念や構想、いわゆる「コンセプト」を他者に伝えようとするとき、絵の力は強力に作用します。遠い将来や、開発前の製品など、具体的な像が定まらない目標に向かうことはとかく困難になりがちですが、「目的を達成した後の世界」を絵として具体化し、他者と同じイメージを共有することで、一つの完成形や目標に向かって、迷いなく進むことができるようになるのです。
「トミーのコンセプトアート教室 マンガと添削で楽しく学べる!」では、コンセプトアーティストの富安健一郎さんが、コンセプトアートの考え方と始め方、上手なコンセプトアートの描き方を、佐倉おりこさんのマンガとともに詳しく、かつ、わかりやすく解説しています。
後半では、事前に公募したコンセプトアートの添削や、富安さん自身によるコンセプトアートの制作手順も紹介。初めてコンセプトアートを描こうと考えている人にも実用性の高い内容となっています。
本記事では、PART1「コンセプトアートを知ろう」より、コンセプトアーティストの実務に関する記述を掲載します。
コンセプトアートの現場
コンセプトアートは何かを制作する「プロジェクト」の進行段階に合わせてその役割や、描くものが変わっていきます。ここでは、一般的なプロジェクト進行の例に沿ってコンセプトアートがどのように使用されるのかを説明していきますね。
まず、プロジェクトには大きく分けて二つの段階があります。一つは「プリプロダクション」と呼ばれる準備段階です。この段階で動いているのは、プロデューサーやディレクターなど、プロジェクトの中核となる少数のメンバーです。ここから、コンセプトアーティストも参加します。
プロジェクトを本格的に始動させるため、アイデアをまとめたり、コンセプトを明確にしたり、プロジェクトの計画を立てたりといったことをしていきます。この時、イメージを膨らませたり、共有をしたりするために、コンセプトアートが活躍します。プリプロダクションが終わり、準備が整ったと判断されたら、いよいよ二つ目の段階、実際の制作である「プロダクション」へと移行します。この段階では、制作に関わるメンバーが一気に増え、細かな案件が複雑に絡み合いながら実制作が進行していきます。
この段階でのコンセプトアートの役割は、プリプロダクションで決めたコンセプトに準じた、実際の3Dモデルなどを作るための資料(リファレンスとも)となるデザインです。
基本的には、大きいものを先にデザインして、だんだん細かいもののデザインに移行していきます。ゲームでたとえるなら、冒険する村やダンジョンの風景、雰囲気作りから始めることが多いです。その後、人々の服装、乗り物やアイテムなどの小道具、モンスターの姿形などのデザインを行っていきます。
その他、実制作が困難であった場合にコンセプトアートを修正したり、アートディレクションを行ったり、宣伝用のコンセプトアートを描いたり、といった仕事をすることもあります。コンセプトアートはこのように、プロジェクトの最初から最後まで関わっていくのです。
Pre-Production
1. Pitch Concept 最初に描く全体のイメージ
まだ企画書しかなかったり、それ以前のふわっとしたイメージしかなかったりするプロジェクトの初期段階で、最初に作られるコンセプトアートが「ピッチコンセプト」です。プロデューサーやディレクターと打ち合わせをしながら、コンセプトを一緒に練るところから始めて、作品全体のコンセプトを絵に起こしていきます。だいたい数枚程度を描き、これが企画書のような役割を持ちます。
2. Scene Concept シーンごとのデザインを考える
ピッチコンセプトで決定した作品全体のコンセプトを、今度はシーンやステージごとに分解して考えていきます。この作品にはどんなシーンやステージが必要なのかから考えて、ひとつひとつコンセプトアートにしていきます。この段階では作品世界の中で一貫する、共有のデザインルールも制作します。雰囲気や質感やライティングなどが代表的です。ピッチコンセプトよりも、多くの枚数を描きます。
3. Asset Concept 世界観を作り上げる
シーンコンセプトからさらに一歩踏み込んで、主要な乗り物や建物、世界の生態系や地形、人々の文化などを決めていきます。細かいデザインの検討ではなく、世界観を膨らませることが目的です。登場する機械の動力源は電気なのか魔法なのかとか、そういうことも決めます。ここまでの段階でしっかりコンセプトを定めることで、プロジェクトを滞りなく進めることができます。
Production
1. Production Art 実制作のための完成図を描く
ここから実制作に入っていきます。ゲームのプロジェクトを例に説明すると、例えばゲームデザイナーからステージに必要なギミックや地形を簡易図形で組み立てたものをコンセプトアーティストが受け取ります。その上からコンセプトに沿ったコンセプトアートを描きます(ペイントオーバー)。
これが、3Dモデルのステージを作るために必要な完成図となり、3Dデザイナーやグラフィックデザイナーが実物の制作に取りかかります。
2. Prop Desigh 小道具をデザイン
プロダクションアートで大きなデザインが終わると、今度は細かな小道具のデザインを行っていきます。プロダクションアートで作った、ステージに必要な乗り物や建物、武器や兵器、もしくは服装や装飾などの細かなデザインを詰めていきます。雑魚モンスターのバリエーションなんかを考えるのもこの段階です。
プロダクションアートと同じく、これらは、3Dモデルなどを制作するためのリファレンスとなることが目的です。
3. Return アートディレクションを行う
プロップデザインまで終わればコンセプトアーティストとしての出番は減っていきそうなものですが、実際には「コンセプトアートをそのまま3Dモデルにするのは難しい」といった理由で戻ってくる場合があります。そんな時にペイントオーバーを再度行って調整をしたり、アートディレクションを行って解決したりするのがこの段階です。
また、場合によっては宣伝用のコンセプトアート(パブアートとも)を描くこともあります。