西洋絵画入門! いわくつきの美女たち
第6回

『不正をただす正義の寓意』ジャン=マルク・ナティエ(1685~1766年)

絵画に描かれた「いわくつきの美女」や、さまざまなエピソードを持つ「いわくつきの美女絵画」など、280点の西洋絵画を美術評論家の平松 洋氏の解説で紹介する本書「西洋絵画入門! いわくつきの美女たち」。神話の女神から、キリスト教の聖女や寓意像の美女、詩や文学に登場するヒロイン、王侯貴族の寵姫や貴婦人、そして高級娼婦まで、いろいろなバックストーリーに彩られた「美女たちの名画集」としても楽しめる一冊となっています。
ここでは、本書から、いわくつきの美女たちをご紹介していきます。
第6回は「寓意画〜美女にたとえられしもの〜」から『不正をただす正義の寓意』(ジャン=マルク・ナティエ作)をご覧ください。

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西洋絵画入門! いわくつきの美女たち

女神転用? でなければ、正義がこんなに可愛いわけがない

ジャン=マルク・ナティエ
『不正をただす正義の寓意』

1737年
キャンヴァスに油彩 132.5×161cm
個人蔵

絵画では、抽象概念を描けないので、擬人像を使って表してきました。絵の女性は、古代ギリシャ以来の中心的な徳目である枢要徳(知恵、勇気、節制、正義)のひとつ「正義」を描いたもので、「正義」が持つ正しさを計る天秤を奪った「不正」を、打ち据えるところです。

そもそも、正義の寓意像の元になったのは、ローマ神話の正義の女神ユースティティアで、ラテン語の「正義」という言葉をそのまま擬神化?したものです。英語で言えばレディ・ジャスティスになります。裁判所にも飾られることが多く、法廷ドラマにもよく登場しますが、手には、裁きの剣と善悪を判定する天秤を持ち、目隠しをしています。ギリシャ神話の女神テミスと同一視されますが、テミスは、正義というより、法と掟の神で、その娘であるディケーの方が、正義の女神のようです。

ディケーといえば、おとめ座の由来譚が有名です。かつて神と人は、地上で共に暮らしていましたが、人間が欲に駆られて争うようになると、神々は地上から去り、 最後まで残ったディケーもついに天に上り、おとめ座となります。隣のてんびん座は彼女のものとされています。

おとめ座の女神なのですから、このように、可愛らしく描かれて当然ですが、描いたのが、18世紀ロココの画家ナティエと聞けば納得です。肖像画家として有名で、 王侯貴族の娘たちを美しい神話的肖像画に描いています。彼の作品としては、寓意画は珍しいのですが、マルタ騎士団総長の邸宅、タンプル宮のために描いた7枚の寓意画の一枚です。ルイ15世の娘アデレード夫人の神話的肖像画だと考える人もいて、「正義に扮するアデレード夫人」とも呼ばれたそうです。


西洋絵画入門! いわくつきの美女たち

著者プロフィール

平松 洋

美術評論家、フリー・キュレーター。
1962年、岡山県生まれ。早稲田大学文学部卒。企業美術館キュレーターとして活躍後、フリーランスとなり、国際展のチーフ・キュレーターなどを務める。現在は、早稲田大学エクステンションセンターや宮城大学などで講師を務めるかたわら、執筆活動を行い、その著作は、海外3ヵ国地域での翻訳出版を含めると50冊を超える。主な著作としては、『誘う絵』(大和書房)、『「天使」の名画』(青幻舎)、『名画の謎を解き明かすアトリビュート・シンボル図鑑』、『クリムト 官能の世界へ』、『名画 絶世の美女』シリーズ(以上、KADOKAWA)他多数。

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